1/200スケール
JMSDF
 P-2J対潜哨戒機


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海上自衛隊 P-2J   


P-2J         ・YouTube P-2J



 P-2J ”THE LAST 4 SHIPS ” 1/200    全日空商事発売  MODEL NO. JMS22000 
P-2J The Last 4 Ship
第7航空隊は海上自衛隊航空部隊7番目の部隊として昭和62年12月に新編された第一戦の部隊である。
部隊のコールサインはオメガ、垂直尾翼のスコードロンマークはギリシャ文字の最後の[Ω]からとり、絶対無比を意味する。
また、鹿児島の薩摩半島および大隅半島の二つの半島を[Ω]に図案化し、その上に基本となる北斗七星を7空になぞらえて表している。
現在の装備はP3C。




以下、箱書きより
平成4年10月11日、4機のP2Jは「海上自衛隊創立40周年記念観艦式」の晴れ舞台にいた。
相模湾の空は青く澄み渡っていたが、波はやや高く、航路警戒にあたる掃海艇のマストが大きく揺れていた。
受閲飛行を終えて初島上空で待機していたP-2Jは、最後の飛行展示に向けて時間どおり出発した。
機長席で操縦桿を握った私は、徐々に高度を200フィートに下げ、宮澤総理の乗った関越艦「しらね」を目指した。
ほどなく、単縦陣で東航する観閲部隊に追いつき、私は「ボンベイドア・オープン」を令した。
「しらね」の左舷150ヤードを照準に定め、静かに爆弾投下ボタンを押した。
左コンソールの「アームライト」が点灯した。
ライトが規則正しく4回点滅し、武器員から「4発ノーマル・ドロップ、ボンベイ内異常なし!」の報告が来た。
今頃は調定深度まで沈んだ150キロ対潜爆弾が次々と爆発し、壮大な水柱を上げていることだろう。
ボンベイドアを閉めながら「またひとつP-2Jの出番が終わった。」と思った。83号機は静かに高度を上げ現場を離れた。
この1年半前の春、私は鹿屋の第7飛行隊に着任した。7空は7機のP-2Jと6チームの搭乗員を有していた。
この隊にも夏にはP-3Cが配備される計画である。
新型機のの配備が始まると、どの隊も半年足らずで全機P-3Cに交代したが、7空は最後のP-2J装備舞台とされており、約3年は両機種が共存しなければならない。
私はP-2Jの再養成訓練を急いだ。この6年間、P-3Cの仕事ばかりで、しばらく遠ざかっていたP-2Jであったが、バランスの取れた操縦特性はすぐに自分の体をP-2Jモードに引き戻してくれた。
油圧操舵、デジタル制御自動操縦のP-3Cに比べて、飛行場の草の臭い、桜島の火山灰の臭いを嗅ぎながら、離陸も着陸も自分の筋肉で3舵を動かすP-2Jの操縦には大きな喜びがある。
しかし新米飛行隊長にはそんな感慨に浸っている余裕はなかった。7空に残った搭乗員はP-2Jの教育部隊で最後まで教官配置にいたベテランが多く、P-2Jの運用には絶対の自信を持っていたが、すでに時代の風はP-3Cに向かって吹いており、心の片隅には「乗り遅れ感」があって、この先の搭乗員生活に漠然とした不安を抱いていた。
私は「P-2Jを最後まで飛ばせた人は、必ずP-3Cに転換させる」と約束した。
P-2Jの無事故退役だけが目的であれば、困難な場面で飛ばさなければ良い。天気が悪ければ地上訓練に切り換えれば事故の可能性は下がる。
しかし、誇り高きP-2Jの搭乗員の誰一人として、そのような道は選ばなかった。部隊への燃料配分が続く限りP-3Cと同じ訓練を続け、毎年の演習にも必ず参加した。
特に搭乗員の相互信頼とチームワークを必要とする編隊飛行はもっとも得意のするところであり、基地の記念日はもとより、九州各地の特攻隊慰霊行事、祝賀行事にはしっかりと訓練を積んだうえで、3機編隊で参加した。
新しく配備されたP-3Cと2個編隊を組んで江田島の卒業式の祝賀飛行に参加したこともある。
しかし、飛べば飛ぶほどに1機、また1機と耐用命数に達し、除籍されて行く。
重要なイベントに3機編隊を飛ばせるには、予備機1機を加えた4機が必要である。次第にその確保も難しくなる中、鹿屋基地の全隊員が一丸となってP-2Jに与えてくれた最後の晴れ舞台が「海上自衛隊創立40周年記念観艦式」であった。
相模湾を後にしながら私は思った。「P-2Jに向かって言う事なし・・・」と

                                  元第7航空隊 第3代飛行隊長 東 祐一








YS-11など、1/200サイズではガラス部分などは印刷表現ですが、透明樹脂を用いてコックピットの椅子まで再現している。
機体に再現された細かい文字なども含め、秀作と言えると思います。



P-2J後継機 ロッキードP3オライオン

ドラゴン 1/400